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本のまくらクイズ・松本清張

本のまくらクイズの回答。
掲載した作品(もう1つのBlogも含む)を作家別にまくら(小説や随筆の冒頭部分)を記述。 今回は「マ」行の作家で松本清張です。
一年半待て
「一  まず、事件のことから書く。  被告は、須村さと子という名で、二十九歳であった。罪名は、夫殺しである。  さと子は、戦時中、××女専を出た。卒業するとある会社の社員となった。」
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「視聴率  『はじめてお手紙をさしあげます。わたくしは、新劇の熱心なファンというほどでもありませんので舞台は見ていませんが、あなたさまのテレビに出演されるお顔はよく拝見し、その演技力のすばらしさにはいつも尊敬しております。』」
乳母将軍
一  「お福が竹千代の乳母になったのは二十六の齢であった。竹千代は徳川二代将軍秀忠の長子である。 家康は駿府城ではじめてお福を引見した時、『そちは亭主と何ゆえに別れたのじゃな?』と訊いた。」
果実のない森
「不似合いな夫婦  1  梅木隆介は所沢街道を田無の方面に走っていた。この小型乗用車は、去年の暮のボーナスと今年の夏のとを半分ずつ合わせて頭金にし、あとは、月賦払いで手に入れた。ここ数週間、日曜日ごとに念願のドライブに乗りまわしている。」
カルネアデスの舟板
「一    昭和二十三年の早春のことである。 ××大学教授玖村武二は、中国地方の或る都市に講演旅行に行った。玖村は歴史科の教授である。彼をよんだのは、土地の教職員組合であったが、ひどく盛会で、会場に当てられたその大学の講堂は満員になった。」
距離の女囚 「 紙質の悪い便箋にうすい鉛筆でこの文章を書きます。光線も鈍いから、文字がはっきりうつりません。 昨日、図書室の掃除にはいったら、新しい週刊雑誌が来ていたので、何気なくぱらぱらとめくると、いきなり一つの人物写真が眼を奪いました。」
彩霧
「一  午後4時半に銀行を出た。なま暖かい早春の土曜日であった。スモッグで朝から太陽が白く濁っている。いつもは六時過ぎまで残るのだが、今日は営業が午前中の上、出納との帳尻もいつもより早く合った。」
潜在光景
 「 私が小磯泰子と二十年ぶりに再会したのは、帰宅途中のバスの中だった。私の家は、都心から国電で三十分ばかり乗り、私鉄に乗り換えて二十分かかる。それからバスで三十分もかかるという、ひどく辺鄙なところだった。」
捜査圏外の条件  
「一  ………殿   殿とだけ書いて、名前が空白なのは、未だに宛先に迷っているからである。或は警視庁の捜査官宛の名前になるかもしれぬ。或は、然るべき弁護士の名を書き入れるかもしれぬ。若しかすると、このまま空白で置くかも知れない。」 
喪失 
「 男も女も職業をもっていた。田代二郎は運送会社の会計係を勤めて一万五千円を貰う。この月給で妻と子ひとりを養っていた。桑島あさ子は小さな製薬会社の事務員として八千円の給料をとっていた。それで田舎の母のもとに預けてある子供の養育費として千円を送り、二千円をアパート代に払い、五千円で生活していた。」
典雅な姉弟 「 東京の麻布の高台でT坂といえば、高級な住宅地として高名だった。明治時代には、このあたりに政府高官の邸や。富豪の豪邸があった。今でもそのときの伝統は残っている。近くには、外国公館が様々な美しい国旗を立てて散在している。」
二階
「竹沢英二は二年近く療養所に居たが、病状は一向に快くならなかった。入所患者にすすめられ、俳句雑誌に投稿したりして、一時期、句作に熱中したこともあったが、近ごろはそれにも飽いてきた。恢復の希望が薄れてくると、療養生活には倦怠と絶望を感じるばかりである。」
発作
「 田杉は十時すぎて眼をさました。暖かいと思ったら、カーテンの合せ目の隙から射した陽が首の上まで来ていた。今日も暑そうな天気であった。 六畳一部屋が、本だの古新聞だの茶碗だの果物の皮だので、足の踏み場がなかった。」
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コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。

片岡 義男 / 光文社


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by suziestefan | 2016-07-10 16:48 | ほんのまくらクイズ